秩序を描くのか、感情を描くのか。19世紀美術を分けた二つの考え方。

新古典主義は理性と秩序、ロマン主義は感情と想像力を重視した美術だと説明されます。

しかし、二つの美術が、古い様式と新しい様式としてきれいに入れ替わったわけではありません。

新古典主義とロマン主義は、19世紀前半の同じ時代に存在していました。画家たちは同じ美術学校で学び、古代彫刻やルネサンスの作品を手本としながら、何を描き、どのように人の心を動かすのかをめぐって異なる道を選びました。

ダヴィッド、ジロデ、ジェリコー、ドラクロワ、アングルの代表作品を見ながら、新古典主義とロマン主義の違いと共通点を確かめていきます。

この記事でわかること

  • 新古典主義とロマン主義の基本的な違い
  • 二つの美術が同じ時代に存在した理由
  • ロマン主義が重視した感情と想像力
  • アングルとドラクロワの「線と色彩」の対立
  • ロマン主義にも古典主義の技術が残っている理由
  • ロマン主義から写実主義へのつながり

新古典主義が重視したもの

新古典主義は、古代ギリシャ・ローマ美術を理想的な手本とし、明確な輪郭、安定した構図、均整のとれた人体などを重視した美術です。

題材には、古代史、ギリシャ神話、聖書、英雄の物語などが多く選ばれました。

人物の位置や身ぶりをよく考え、誰が何をしているのかが伝わる画面を作ります。絵筆の跡を目立たせず、表面を滑らかに仕上げることも大きな特徴です。

ジャック=ルイ・ダヴィッド作『ホラティウス兄弟の誓い』ジャック=ルイ・ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》。1784年、油彩・カンヴァス、ルーヴル美術館所蔵。
作者:ジャック=ルイ・ダヴィッド撮影:Shonagon出典:Wikimedia CommonsPublic domain
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新古典主義の代表作品

ジャック=ルイ・ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》

古代ローマの三兄弟が、祖国のために戦うことを父親へ誓う場面です。明確な輪郭、安定した人物配置、古代史の題材、公共の義務という新古典主義の特徴を確認できます。

ロマン主義とは何か

ロマン主義は、人間の激しい感情、想像力、恐怖、死、自然、異国、戦争、革命などを重視した芸術運動です。

18世紀末から19世紀前半にかけて、文学、音楽、美術など、ヨーロッパの広い分野へ広がりました。

ロマン主義の芸術家は、理性によってすべてを説明できるとは考えませんでした。

人間の心には、言葉では説明しきれない感情があります。自然にも、人間の力では支配できない恐ろしさや大きさがあります。

ロマン主義は、そうした理性の外側にある世界へ目を向けたのです。

荒れた海に浮かぶ筏の上で、力尽きた人々と遠くの救助船に向かって布を振る生存者たちを描いた、ジェリコーの絵画『メデューズ号の筏』
テオドール・ジェリコー《メデューズ号の筏》。1818~1819年、カンヴァスに油彩、491×716センチ、ルーヴル美術館所蔵。
作者:テオドール・ジェリコー
撮影者:記載なし
出典:Wikimedia Commons
Public domain
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ロマン主義の代表作品

テオドール・ジェリコー《メデューズ号の筏》

海難事故によって海上を漂流する人々が、絶望からわずかな希望へ向かう姿を表しています。同時代の事件、死の恐怖、激しい動きが大画面に描かれています。

新古典主義とロマン主義の違い

新古典主義 ロマン主義
理性と秩序を重視する 感情と想像力を重視する
明確な輪郭 色彩と光の効果
安定した構図 斜めの動きや不安定な構図
滑らかな画面 筆の動きを残すことがある
古代史や神話 同時代の事件、自然、異国、悲劇
公共の義務や理想 個人の苦しみや情熱
ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》 ジェリコー《メデューズ号の筏》

ただし、この表は二つの傾向を比べたものです。

新古典主義の作品にも感情や官能性があり、ロマン主義の作品にも古典的な人体や計算された構図があります。

二つの美術は同じ時代に存在した

新古典主義の後にロマン主義が始まったわけではありません。ダヴィッド、アングル、ジェリコー、ドラクロワは、活動した時期の一部が重なっています。

美術学校やアカデミーでは、古代彫刻の模写、裸体モデルのデッサン、歴史画の構成などが教えられていました。

ロマン主義の画家も、この古典的な教育を受けていますが、違いは古典的な技術を学んだかどうかではありません。

その技術を使って何を表現したのかにあります。

《ホラティウス兄弟の誓い》に見る新古典主義

ダヴィッドの《ホラティウス兄弟の誓い》では、三兄弟が祖国のために戦うことを誓っています。

画面左の兄弟たちは、腕をまっすぐ伸ばしています。中央の父親は三本の剣を掲げ、右側の女性たちは、戦いによって家族を失う悲しみの中にいます。

男性たちの直線的な姿勢と、女性たちの曲線的な姿勢が対比されています。

祖国への義務と家族への愛情が、姿勢の違いによって伝えられているのです。

三つのアーチと人物の配置

背景には三つのアーチがあります。

左のアーチには兄弟たち、中央には父親、右には女性たちが置かれています。

建築の区切りと人物のまとまりが重なり、場面の意味が一目で伝わる構図になっています。

《ホラティウス兄弟の誓い》の見るポイント

  • 剣へ集まる視線と腕
  • 男性の直線と女性の曲線
  • 三つのアーチに対応した人物のまとまり
  • 個人の感情よりも公共の義務を前に出した物語

新古典主義からロマン主義への変化

新古典主義からロマン主義への変化は、突然起きたわけではありません。

ダヴィッドの弟子たちの中にも、古典的な技術を使いながら、悲しい恋愛、異国、死、宗教的な感情などを描く画家が現れました。

その一人が、アンヌ=ルイ・ジロデです。

ジロデ《アタラの埋葬》

ジロデの《アタラの埋葬》には、新古典主義とロマン主義の両方の特徴が見られます。

題材は、フランスの作家シャトーブリアンの物語です。

恋人と結ばれることのできない若い女性アタラが命を落とし、その遺体を恋人と修道士が洞窟へ埋葬する場面が描かれています。

洞窟の中で、老修道士と若い男性が白い布に包まれたアタラの遺体を墓へ運ぶ、ジロデの絵画『アタラの埋葬』
アンヌ=ルイ・ジロデ・ド・ルシー=トリオゾン《アタラの埋葬》。1808年、カンヴァスに油彩、207×267センチ、ルーヴル美術館所蔵。
作者:アンヌ=ルイ・ジロデ・ド・ルシー=トリオゾン
撮影:Wilfredor
出典:Wikimedia Commons
Public domain
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新古典主義からロマン主義への変化を示す作品

アンヌ=ルイ・ジロデ《アタラの埋葬》

人物の人体や構図には古典主義的な安定があります。一方、異国の自然、悲しい恋愛、死、宗教的な感情は、ロマン主義へつながる題材です。

アタラの遺体は、古代彫刻のように美しく整えられています。

しかし、作品の中心にあるのは公共の義務ではなく、愛する人を失った個人の悲しみです。

古典的な形を使いながら、新しい感情を描いた作品といえます。

ジェリコー《メデューズ号の筏》

テオドール・ジェリコーの《メデューズ号の筏》は、ロマン主義を代表する作品です。

題材となったのは、フランスの軍艦メデューズ号が座礁した実際の海難事故です。

乗組員の一部は急ごしらえの筏へ乗せられ、海上に取り残されました。長い漂流の中で、多くの人が命を落としました。

この事故には、船長の能力不足や政府の人事が関係していたため、当時の社会を揺るがす事件となりました。

絶望から希望へ向かう人物

画面の手前には、すでに命を失った人や、力を失った人々が横たわっています。

その奥には、立ち上がろうとする人々が重なり、最も高い位置では、一人の男性が布を振っています。

遠くに小さく見える船へ、自分たちの存在を伝えようとしているのです。

人物のまとまりは、画面の手前にある死から、奥の希望へ向かって高くなっています。

斜めに動く画面

新古典主義の安定した水平や垂直とは異なり、《メデューズ号の筏》では、多くの斜めの線が使われています。

筏、帆、波、人物の体が異なる方向へ傾き、画面全体に不安定な動きが生まれています。

見る人は、安全な場所から事件を眺めるのではなく、波に揺れる筏の近くにいるような感覚を受けます。

《メデューズ号の筏》の見るポイント

  • 手前の死者から奥の希望へ高くなる人物
  • 波、帆、筏が作る斜めの動き
  • 遠くに小さく描かれた救助船
  • 古代の英雄ではなく、同時代の被害者を描いたこと

ロマン主義にも古典主義の人体が残っている

《メデューズ号の筏》の人物たちは、長い漂流で衰弱した人々を描いているはずです。

しかし、画面に描かれた男性たちの体は、古代彫刻のように筋肉が発達しています。

ジェリコーは遺体や病院の患者を観察しながら、古代彫刻、ミケランジェロ、ルーベンスなどの作品も研究しました。

現実の事件を題材にしながら、人物の体には古典的な理想化が残っています。

ロマン主義に残る古典主義

ジェリコー《メデューズ号の筏》

題材と感情はロマン主義的ですが、筋肉質な人体、大きな三角形を作る人物配置、歴史画の大画面には、古典主義とアカデミー教育の伝統が残っています。

ドラクロワ《キオス島の虐殺》

ウジェーヌ・ドラクロワは、フランスのロマン主義を代表する画家です。

《キオス島の虐殺》では、ギリシャ独立戦争の中で起きた住民の殺害や奴隷化が題材となっています。

画面には、負傷した人、家族を失った人、捕らえられた人々が描かれています。

新古典主義の歴史画に見られるような、場面全体を導く英雄は登場しません。

中心に英雄がいない構図

人物は画面の左右へ分かれ、中央には大きな空間があります。

中心に英雄を置き、その行動によって物語を説明する構図ではありません。

誰かが人々を救う様子も描かれていません。

戦争によって人々の関係や社会の秩序が壊れた状態を、中心のない画面によって表しているのです。

キオス島の荒れた大地で、傷つき捕らえられたギリシャ人家族と馬上の人物を描いた、ドラクロワの絵画『キオス島の虐殺』
ウジェーヌ・ドラクロワ《キオス島の虐殺》。1824年、カンヴァスに油彩、419×354センチ、ルーヴル美術館所蔵。
作者:ウジェーヌ・ドラクロワ
撮影:Shonagon
出典:Wikimedia Commons
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ロマン主義の歴史画を代表する作品

ウジェーヌ・ドラクロワ《キオス島の虐殺》

英雄的な勝利ではなく、戦争によって苦しむ人々が描かれています。安定した中心を作らない構図と強い色彩が、混乱と悲しみを伝えています。

色彩と筆づかい

ドラクロワは、輪郭線だけで人物や物の形を決めるのではなく、色と光の関係によって画面を作りました。

赤、青、黄色などを画面の各所に置き、離れた場所から見たときに、色同士が強く響き合うようにしています。

絵筆の跡も完全には消さず、画面に揺れや動きを残しました。

細部を一つずつ滑らかに仕上げるよりも、作品全体が見る人へ与える強い印象を重視したのです。

ドラクロワ《民衆を導く自由の女神》

ドラクロワの《民衆を導く自由の女神》は、フランスで起きた七月革命を題材とされ、画面中央には、フランス国旗を掲げる女性が描かれています。

この女性は実在の一人を描いたものではなく、「自由」という考え方を人の姿にした象徴です。

その周囲には、労働者、市民、学生など、異なる立場の人々が武器を手にして進んでいます。

フランス三色旗を掲げた自由の女神が、武器を持つ市民たちを率いてバリケードを越える、ドラクロワの絵画『民衆を導く自由の女神』
ウジェーヌ・ドラクロワ《民衆を導く自由の女神》。1830年、カンヴァスに油彩、260×325センチ、ルーヴル美術館所蔵。
作者:ウジェーヌ・ドラクロワ
撮影:Shonagon
出典:Wikimedia Commons
Public domain
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革命を描いたロマン主義の代表作品

ドラクロワ《民衆を導く自由の女神》

現実の革命と、自由を表す象徴的な女性が一つの画面に描かれています。死者を越えて前進する人物たちによって、革命の熱気と暴力の両方が表されています。

古典的な女性像

中央の女性は、古代ギリシャ・ローマの女神を思わせる姿をしています。

衣服や裸体の表現には、古代彫刻や寓意画の伝統が使われています。

同時代の革命を描きながら、その中心には古典的な女性像が置かれているのです。

ここにも、ロマン主義が古典主義をすべて捨てたわけではないことが表れています。

アングルとドラクロワ

19世紀フランスでは、アングルとドラクロワが、対立する二人の画家として語られました。

アングルは、新古典主義とアカデミーの伝統を受け継ぎ、線、輪郭、デッサンを重視しました。

ドラクロワは、ロマン主義の画家として、色彩、光、筆づかい、感情を重視しました。

アングル ドラクロワ
線と輪郭 色彩と光
滑らかな画面 筆の動きが見える画面
理想化された人体 感情と動きの強い人体
古典主義の伝統 ロマン主義の代表
《泉》 《キオス島の虐殺》

線と色彩の対立

線と色彩の対立とは、絵画で何を最も重要と考えるかをめぐる議論です。

線を重視する立場では、最初にデッサンによって人物や物の形を正確に決め、その後で色を加えると考えます。

色彩を重視する立場では、物の見え方は輪郭線だけで決まるのではなく、光、色、周囲の空気との関係によって生まれると考えます。

アングルとドラクロワの違いは、この二つの立場を代表するものとして受け止められました。

アングル《泉》

アングルの《泉》には、壺から水を流す裸の女性が描かれています。

女性は片方の足に体重をかけたコントラポストの姿勢で立っています。

古代彫刻を思わせる安定した姿勢と、滑らかな肌、途切れることなく続く輪郭が特徴です。

水の入った壺を肩に載せ、流れ落ちる水を受けながら立つ女性を描いた、アングルの絵画『泉』ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《泉》。1820年ごろ着手、1856年完成、カンヴァスに油彩、163×80センチ、ルーヴル美術館所蔵、オルセー美術館に寄託。
作者:ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル
撮影者:記載なし
画像提供:Google Art Project
出典:Wikimedia Commons
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線を重視した代表作品

アングル《泉》

壺から流れる水、腕、胴体、脚が、縦に長い一つの流れを作っています。人体の正確さだけでなく、画面の中で美しく続く輪郭が重視されています。

二人は完全な正反対ではない

アングルは線だけを使い、ドラクロワは色だけを使ったわけではありません。

アングルの作品にも色彩があり、ドラクロワも正確なデッサンや古典的な構図を学んでいました。

また、アングルには、異国への関心や官能的な人体表現があります。

ドラクロワも、古代美術、ルネサンス、ルーベンスなど、過去の巨匠を深く研究していました。

二人の違いは、どちらか一方しか使わなかったことではなく、作品を作るうえで何をより強く重視したかにあります。

アングルの異国趣味

アングルは古典主義的な画家ですが、遠い地域を想像した官能的な作品も描いています。

《グランド・オダリスク》には、背中を向けて横たわる女性が描かれています。

女性の背中は現実の人体よりも長く、腕や脚も美しい輪郭を作るために変えられています。

青い寝台に背を向けて横たわり、振り返ってこちらを見る女性を描いた、アングルの絵画『グランド・オダリスク』ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《グランド・オダリスク》。1814年、カンヴァスに油彩、91×162センチ、ルーヴル美術館所蔵。
作者:ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル
撮影者:記載なし
出典:Wikimedia Commons
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アングルの異国趣味を示す作品

アングル《グランド・オダリスク》

古典主義的な滑らかな画面と輪郭を使いながら、異国の女性を想像した官能的な場面が描かれています。新古典主義とロマン主義の境界が、単純ではないことを示す作品です。

ロマン主義と異国

ロマン主義の芸術家は、北アフリカ、中東、ギリシャ、アメリカ先住民の社会など、自分たちの日常とは異なる文化へ強い関心を持ちました。

遠い土地は、ヨーロッパ社会の規則や日常から離れた、自由で神秘的な場所として想像されました。

しかし、作品に描かれた異国の姿が、現地の生活を正確に表しているとは限りません。

ヨーロッパ人の期待や偏見によって、実際以上に官能的、神秘的、野性的に描かれることもありました。

アルジェの室内で、豪華な衣装をまとった三人の女性が座り、右側をもう一人の女性が歩く、ドラクロワの絵画『アルジェの女たち』
ウジェーヌ・ドラクロワ《アルジェの女たち(室内のアルジェの女たち)》。1834年、カンヴァスに油彩、180×229センチ、ルーヴル美術館所蔵。
作者:ウジェーヌ・ドラクロワ
撮影:Shonagon
出典:Wikimedia Commons
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ロマン主義の異国表現を示す作品

ドラクロワ《アルジェの女たち》

北アフリカの室内にいる女性たちが、豊かな色彩で描かれています。ドラクロワ自身の旅行経験をもとにしながら、ヨーロッパ人が抱いた異国への憧れも加えられています。

異国を題材とする作品を見るときには、描かれた地域だけでなく、当時のヨーロッパ人がその地域をどのように見ていたのかも考える必要があります。

自然と「崇高」

ロマン主義では、高い山、嵐の海、深い森、霧、雷など、人間の力を超える自然も重要な題材となりました。

美しいだけでなく、恐ろしく、圧倒的な自然を前にした感情を「崇高」と呼ぶことがあります。

崇高とは、巨大な自然や強い力に恐怖を感じながらも、同時に心を強く動かされる体験です。

岩山の頂に立つ旅人が、谷を覆う雲海と遠くの山々を背中越しに見つめる、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの絵画『雲海の上の旅人』
カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ《雲海の上の旅人》。1817年ごろ、カンヴァスに油彩、94.8×74.8センチ、ハンブルク美術館所蔵。
作者:カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ
撮影者:記載なし
画像提供:ハンブルク美術館オンライン・コレクション
出典:Wikimedia Commons
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崇高を表す代表作品

カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ《雲海の上の旅人》

霧に覆われた山々を、一人の人物が背中を向けて見つめています。人物よりも大きく広がる自然によって、人間の小ささと、未知の世界への憧れが表されています。

自然の中の人間

古典主義では、人間の理性によって画面を安定させ、自然も調和した風景として表すことがありました。

ロマン主義では、自然は人間が完全に支配できないものとして描かれます。

嵐、雪、海、山、霧などが、人間の計画や力を越えて広がります。

自然は単なる背景ではなく、作品の中心となる存在へ変わったのです。

ロマン主義は感情をそのまま描いたのか

ロマン主義は感情を重視しましたが、思いついたまま自由に描いたわけではありません。

《メデューズ号の筏》では、死者から救助を求める人物へ視線が動くように、人物の高さと身ぶりが考えられています。

《民衆を導く自由の女神》でも、中央の女性を頂点とする大きな三角形が作られています。

激しい感情を伝えるためにも、構図、人体、色彩、光の使い方が計算されていたのです。

ロマン主義の重要な点

ロマン主義は、技術や構図を捨てた美術ではありません。古典的な技術を使いながら、個人の感情、同時代の事件、自然の恐ろしさなど、新しい題材を描いた美術です。

新古典主義とロマン主義の共通点

対立して見える二つの美術にも、共通する部分があります。

共通点 内容
アカデミー教育 古代彫刻、人体デッサン、歴史画を学んだ
大きな画面 重要な物語や事件を大画面で描いた
理想化された人体 現実の人物を古代彫刻のような体で表すことがある
過去の美術 古代、ルネサンス、バロックなどを研究した
社会との関係 革命、戦争、国家、社会問題と結びついた

新古典主義とロマン主義は、すべての点で反対だったわけではありません。

同じ美術の伝統を学んだ芸術家たちが、その伝統を異なる方向へ発展させたのです。

ロマン主義から写実主義へ

19世紀半ばになると、「写実主義」と呼ばれる美術が登場しました。

写実主義は、古代の英雄や空想的な物語ではなく、自分たちの時代を生きる普通の人々や社会の現実を描こうとした運動です。

労働者、農民、市民、地方の葬儀など、それまで歴史画の中心になりにくかった題材が、大きな画面に描かれました。

オルナンの墓地で、聖職者や黒い服を着た村人たちが横一列に並び、手前の墓穴を囲むクールベの絵画『オルナンの埋葬』
ギュスターヴ・クールベ《オルナンの埋葬》。1849~1850年、カンヴァスに油彩、315×668センチ、オルセー美術館所蔵。
作者:ギュスターヴ・クールベ
撮影者:記載なし
画像提供:Google Art Project
出典:Wikimedia Commons
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写実主義の代表作品

ギュスターヴ・クールベ《オルナンの埋葬》

地方の町で行われた普通の葬儀が、歴史画のような大画面に描かれています。古代の英雄ではなく、同時代の一般の人々を重要な題材として扱った作品です。

写実主義の画家たちは、新古典主義の理想的な人体にも、ロマン主義の劇的な物語にも距離を置こうとしました。

ただし、写実主義も過去の美術と完全に切り離されたわけではありません。

大画面の構成や人物配置などには、それまでの歴史画の伝統が残っています。

三つの美術を比べる

美術運動 重視したもの 代表作品
新古典主義 古代、理性、秩序、理想的な人体 《ホラティウス兄弟の誓い》
ロマン主義 感情、想像力、事件、自然、異国 《メデューズ号の筏》
写実主義 同時代の社会、労働、普通の人々 《オルナンの埋葬》

この三つも、完全に順番どおり入れ替わったわけではありません。

異なる考え方を持つ芸術家が、同じ時代に活動し、互いの作品を意識していました。

代表作品から違いを振り返る

用語・人物 代表作品 確認できる特徴
新古典主義 ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》 古代史、義務、明確な輪郭、安定した構図
新古典主義からロマン主義への変化 ジロデ《アタラの埋葬》 古典的な人体と個人の悲しみ
ロマン主義 ジェリコー《メデューズ号の筏》 同時代の事件、絶望、斜めの動き
ロマン主義の歴史画 ドラクロワ《キオス島の虐殺》 英雄のいない戦争画、強い色彩
革命と象徴 《民衆を導く自由の女神》 現実の革命と自由の象徴
線の美 アングル《泉》 滑らかな画面、輪郭、理想的な人体
異国趣味 アングル《グランド・オダリスク》 古典的な線と官能的な想像
ロマン主義の異国表現 ドラクロワ《アルジェの女たち》 色彩、室内、異文化への視線
崇高 フリードリヒ《雲海の上の旅人》 巨大な自然と人間の小ささ
写実主義 クールベ《オルナンの埋葬》 同時代の普通の人々を大画面に描く

まとめ

新古典主義は、古代ギリシャ・ローマ美術を手本に、理性、秩序、明確な輪郭、理想的な人体などを重視しました。

ロマン主義は、人間の感情、想像力、恐怖、死、自然、異国、同時代の事件などへ目を向けました。

ダヴィッドの《ホラティウス兄弟の誓い》では、祖国への義務が安定した構図で描かれています。

ジェリコーの《メデューズ号の筏》では、実際の海難事故によって苦しむ人々が、激しい動きとともに表されています。

ドラクロワは色彩と筆づかいによって、戦争や革命の熱気を伝えました。アングルは線と輪郭を重視し、理想的な人体を追求しました。

しかし、新古典主義とロマン主義は、完全な正反対ではありません。

ロマン主義の画家も古代彫刻や人体デッサンを学び、古典的な構図を使いました。新古典主義の画家にも、異国への関心や官能的な表現が見られます。

二つの美術は、同じ時代に存在し、同じ伝統を受け継ぎながら、理性と感情、線と色彩、理想と現実のどちらを強く表すのかをめぐって異なる道を進んだのです。

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