古代の英雄と理想の人体は、革命にも皇帝にも使われた。

18世紀後半のヨーロッパでは、古代ギリシャ・ローマの美術が、再び大きな注目を集めました。

絵画では、古代ローマの英雄や市民の物語が題材にされました。剣を掲げて誓う人物や、祖国のために戦おうとする人々が、古代風の衣服を身につけ、石造りの建物の中に立つ姿で描かれています。

彫刻では、古代ギリシャの像を手本にした作品が多く生まれました。

建築では、正面に太い柱を並べ、その上に三角形の破風を置いた、古代神殿のような建物が増えていきます。

さらに家具や室内装飾には、細い柱、植物の葉、神話の人物などをもとにした模様が取り入れ、衣服では、古代ギリシャの女性が身につけていた布の衣を思わせる、白く細長いドレスも流行しました。

古代美術の形や物語を、18世紀の絵画、彫刻、建築、生活用品などへ取り入れた動きを「新古典主義」と呼びます。

新古典主義は、古代の作品をそのままコピーした美術ではありません。古代の英雄、市民、神々、皇帝の姿を借りながら、義務、革命、国家、権力、理想の美といった、18世紀から19世紀の問題を表した美術です。

同じ古代ローマの表現が、あるときは革命を支える市民の理想となり、別のときにはナポレオン皇帝の力を示すために使われました。

古代都市の発掘から、ダヴィッド、アングル、カノーヴァの作品まで、新古典主義がどのように生まれ、何を表したのかを見ていきます。

この記事でわかること

  • 新古典主義とはどのような美術か
  • 古典主義と新古典主義の違い
  • ポンペイの発掘が美術に与えた影響
  • ロココ美術と新古典主義の違い
  • ダヴィッドとフランス革命の関係
  • 新古典主義がナポレオンの権威をどう表したか
  • アングルとカノーヴァが作った理想の人体

新古典主義とは何か

新古典主義とは、古代ギリシャ・ローマ美術を理想的な手本とし、その明確な形、均整のとれた人体、安定した構図、堂々とした建築などを、近代の美術によみがえらせようとした運動です。

おもに18世紀後半から19世紀前半にかけて、フランス、イギリス、ドイツ、イタリアなどへ広がりました。

英語では「ネオクラシシズム」と呼ばれ、「ネオ」は新しい、「クラシシズム」は古典主義という意味です。

新古典主義は、古代の美術を、新しい時代の社会や政治に合わせて使い直した古典主義です。

ジャック=ルイ・ダヴィッド作『ホラティウス兄弟の誓い』ジャック=ルイ・ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》。1784年、油彩・カンヴァス、ルーヴル美術館所蔵。
作者:ジャック=ルイ・ダヴィッド撮影:Shonagon出典:Wikimedia CommonsPublic domain
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新古典主義の代表作品

ジャック=ルイ・ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》

古代ローマの三兄弟が、父親の掲げる剣へ向かって腕を伸ばしています。人物の輪郭ははっきりし、背景の三つのアーチに合わせて、人々が三つのまとまりに分けられています。古代史、理想的な人体、明確な形、安定した構図という、新古典主義の特徴がよく表れています。

古典主義と新古典主義の違い

古典主義と新古典主義は、名前がよく似ていますが、意味の広さが違ってきます。

古典主義は、古代ギリシャ・ローマ美術を手本として、時代を超えた広い考え方です。ルネサンスや17世紀フランスの美術にも、古代彫刻を思わせる人体、太い柱を規則正しく並べた建築、誰が中心人物なのかが一目でわかる構図などから見ることができます。

これに対して新古典主義は、18世紀後半から19世紀前半にかけて、ヨーロッパ各地に広がった美術の動きです。ポンペイなどの古代都市の発掘や、ロココ美術への反発を背景に、ダヴィッドやアングル、カノーヴァなどの芸術家が、古代の物語や人体、建築を新しい時代の作品へ取り入れました。

古典主義が、古代美術を手本とする長い伝統全体を指すのに対し、新古典主義は、その伝統が18世紀後半の発掘や社会の変化をきっかけに、はっきりした流行として現れたものです。

ニコラ・プーサン作『アルカディアの牧人たち』ニコラ・プーサン《アルカディアの牧人たち》。1637~1638年ごろ、油彩・カンヴァス、ルーヴル美術館所蔵。
作者:ニコラ・プーサン撮影:Shonagon出典:Wikimedia CommonsPublic domain
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言葉 意味 代表作品
古典主義 古代ギリシャ・ローマ美術を手本とする広い考え方 プーサン《アルカディアの牧人たち》など
新古典主義 18世紀後半から19世紀前半に広がった古典復興運動 ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》

新古典主義は、古典主義に反対する美術ではありません。

古典主義という長い流れの中で、発掘、啓蒙思想、革命、ナポレオンの登場など、18世紀から19世紀の社会と結びついて生まれた新しい形なのです。

なぜ18世紀に古代美術が見直されたのか

古代ギリシャ・ローマ文化は、ルネサンスの時代にも大きく見直されていました。

それにもかかわらず、18世紀に再び古代への関心が高まったのは、地面の下から古代都市そのものが発見されたためです。

建物の壁には色鮮やかな絵が残り、部屋には家具や食器が置かれ、道には馬車のわだちまで刻まれていました。古代世界は、書物の中だけにある遠い時代ではなく、実際の暮らしを目で確かめられる時代になったのです。

ポンペイとヘルクラネウムの発掘

古代ローマの都市ポンペイとヘルクラネウムは、西暦79年のヴェスヴィオ火山の噴火によって埋もれました。

ヘルクラネウムでは1738年頃から、ポンペイでは1748年頃から本格的な発掘が始まります。

地面の下には、白い大理石の神殿だけではありませんでした。赤や黒に塗られた部屋、神話を描いた壁画、青銅の食器、寝台、庭園、パンを焼く窯、商店など、古代ローマ人の生活そのものが残っていました。

それまでのヨーロッパ人は、古代美術を、地上に残った遺跡や後世の複製から想像の中に存在していました。発掘によって、古代の人々がどのような部屋で暮らし、何を壁に描き、どのような家具を使っていたのかまでわかるようになったのです。

ポンペイの秘儀荘に描かれたディオニュソスの秘儀図ポンペイの秘儀荘《ディオニュソスの秘儀図》。紀元前1世紀、フレスコ画、イタリア・ポンペイ。
作者:不詳
撮影:Gary Todd出典:Wikimedia CommonsPublic domain原画像を縮小して使用

ポンペイ周辺の壁画を代表する作品

秘儀荘《ディオニュソスの秘儀》

部屋の壁いっぱいに、赤い背景が広がっています。その前には、ほぼ人間と同じ大きさの人物が横一列に並び、立つ、座る、振り返る、ひざまずくといった動きを見せています。壁が閉じた面ではなく、別の世界へ開いているように感じられる作品です。

古代の色が発見された

古代美術というと、白い大理石の神殿の柱や彫刻を思い浮かべます。

しかし、発掘された建物や彫刻の一部には、赤、青、黄色、黒などの色が残っていました。古代の都市は、現在の遺跡のように、白や灰色だけの世界ではなく、色鮮やかな装飾が見て取れました。

壁には神話や庭園が描かれ、柱や彫刻にも色が加えられていました。発掘は、古代世界が思っていた以上に華やかだったことも伝えたのです。

古代風のデザインが暮らしへ広がる

発見された壁画や装飾は、版画や書籍によってヨーロッパ各地へ紹介されます。

室内には細い柱や植物模様が描かれ、家具の脚には古代の動物や神話を思わせる形が使われました。女性の衣服にも、古代ギリシャの衣を思わせる、白く細長いドレスが流行します。

新古典主義は、美術館に飾られる絵画や彫刻だけではありません。部屋の壁、椅子、食器、衣服など、人々の暮らしの中へも入り込んでいきます。

古代ローマの遺跡を描いたピラネージ

ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージは、古代ローマの遺跡を題材にした版画を数多く制作した芸術家です。

ピラネージの版画では、崩れかけた神殿や巨大な柱が、画面いっぱいにそびえています。柱の下には小さな人物が描かれ、建物が人間を押しつぶしそうなほど大きく見えます。

石の表面にはひびが入り、植物が生え、階段やアーチが暗い奥へ続いています。実際の遺跡を記録しながら、古代ローマの巨大さや、失われた文明の不思議な雰囲気も強めているのです。

ピラネージが高い位置から見下ろすように描いたコロッセウム内部のエッチング
ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ《フラウィウス円形闘技場、通称コロッセウムの景観》。版画集『ローマの景観』より。1776年、紙にエッチング、76.2×101.6センチ、メトロポリタン美術館所蔵。
作者:ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ
画像提供:メトロポリタン美術館
出典:Wikimedia Commons
CC0 1.0
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ピラネージの代表作品

版画集『ローマの景観』

凱旋門、神殿、円形闘技場などが、低い位置から見上げる構図で描かれています。建物のそばにいる人物が小さく見えるため、古代ローマの建築が、現代の人間を圧倒する巨大な存在に感じられます。

ウィンケルマンと古代ギリシャ美術

ヨハン・ヨアヒム・ウィンケルマンは、古代ギリシャ・ローマ美術を研究し、特に古代ギリシャ美術を高く評価していました。

ウィンケルマンは、古代ギリシャの彫刻には、ただ筋肉が正確に作られているだけでなく、激しい出来事の中でも心を乱しすぎない落ち着きと気高さがあると考えました。

顔を大きくゆがめたり、苦しみを激しく叫んだりしなくても、姿勢やわずかな表情によって、人物の強さや心の動きを伝えられると考えたのです。

左腕を横に伸ばし、肩から外套を垂らして立つ大理石像、ベルヴェデーレのアポロンの全身
《ベルヴェデーレのアポロン》。2世紀初頭、紀元前330年ごろのギリシャ青銅像をもとにしたローマ時代の大理石複製、高さ約224センチ、ヴァティカン美術館ピオ・クレメンティーノ美術館所蔵。
作者:不詳(原作はレオカレス作とされる)
撮影:Fabrizio Garrisi
出典:Wikimedia Commons
CC0 1.0
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ウィンケルマンが高く評価した古代彫刻

《ベルヴェデーレのアポロン》

神アポロンが、片腕を伸ばし、顔を横へ向けて立っています。胸は開き、体重は片方の足にかかっています。戦いや運動の後を思わせる姿ですが、表情は乱れず、若く気高い神として表されています。

ウィンケルマンは、古代作品を一つずつ紹介するだけでなく、古代美術がどのように変化し、発展したのかを考えました。

それは美術作品を時代の流れの中で見る「美術史」という学問の成立にも、大きな影響を与えています。

グランドツアー

グランドツアーとは、18世紀頃のイギリスなどで、裕福な若者が教育の終了時に行ったフランスやイタリアへの大規模な旅行のことです。

旅行者たちは、ローマの円形闘技場、神殿、彫刻、ルネサンスの宮殿などを見学しました。書物で読むだけでなく、実物の柱に近づき、彫刻の周りを歩き、遺跡の大きさを自分の体で感じたのです。

旅先では、古代の彫刻や遺跡を背景にした肖像画を描かせることもありました。自分が古代文化を学んだ、教養のある人物であることを示すためです。

赤い毛皮付きの外套をまとったリチャード・ミルズが、古代ローマ皇帝の胸像や地図の横に立つ、ポンペオ・バトーニの肖像画
ポンペオ・バトーニ《リチャード・ミルズの肖像》。1759年ごろ、カンヴァスに油彩、134.6×96.3センチ、ナショナル・ギャラリー所蔵。
作者:ポンペオ・バトーニ
撮影:renzo dionigi
出典:Wikimedia Commons
Public domain
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グランドツアーを示す代表作品

ポンペオ・バトーニ《リチャード・ミルズの肖像》

グランドツアーでローマを訪れた際に、この肖像画を描かせました。
若いミルズは、毛皮の付いた赤いマントと銀色の服を身につけ、片手を腰に当てて堂々と立っています。もう一方の手は、机の上に広げられた地図を指し、古代ローマ皇帝の胸像と大きな柱が描かれている。

ロココ美術への反発

新古典主義が広がる前、フランスの宮廷や貴族社会では「ロココ美術」が流行していました。

ロココは、明るく柔らかな色、細かな曲線、恋愛や遊びの場面を特徴とする美術です。

画面には、淡い青や桃色の衣服を着た男女が登場し、花の咲く庭園や木陰で、会話や恋愛を楽しんでいます。木の葉や雲、衣服のひだは細かな曲線で描かれ、作品全体が軽く、柔らかく見えます。

緑に覆われた庭園で、ピンク色のドレスを着た女性がぶらんこに乗り、左下の若い男性が女性を見上げているフラゴナールの絵画
ジャン=オノレ・フラゴナール《ぶらんこ》。1767~1768年ごろ、カンヴァスに油彩、81×64.2センチ、ウォレス・コレクション所蔵。
作者:ジャン=オノレ・フラゴナール
撮影:Cassandra Parsons
画像提供:The Trustees of the Wallace Collection
出典:Wikimedia Commons
CC BY-SA 4.0
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ロココ美術の代表作品

ジャン=オノレ・フラゴナール《ぶらんこ》

画面中央では、明るい桃色のドレスを着た女性が、木々の間でぶらんこに乗っています。女性の靴が空へ飛び、茂みの中の男性がその姿を見上げています。緑の植物、花、揺れる衣服によって、秘密の恋愛と遊びの雰囲気が表されています。

しかし18世紀後半になると、ロココ美術は、貴族のぜいたくや私的な楽しみばかりを描いていると批判されるようになります。

美術は恋愛や遊びだけでなく、勇気、責任、公共のために行動する心を表すべきだという意見が強まりました。

そこで注目されたのが、古代ローマの市民や英雄の物語です。

啓蒙思想と新古典主義

啓蒙思想とは、人間の理性によって、社会、政治、教育の仕組みをよりよくしようとする考え方です。

身分や古い習慣に無条件で従うのではなく、自分の頭で考え、社会にとって何が必要なのかを確かめようとしました。

新古典主義の画面は、人物の位置や行動がわかりやすく、物語の中心がはっきりしています。見る人は、誰が何を決意し、どのような犠牲を払おうとしているのかを考えられます。

こうした明確な構図や、市民としての義務を表す古代の物語は、啓蒙思想の広がった時代とよく結びつきました。

ただし、新古典主義の作品がすべて道徳や政治を表したわけではありません。神話の裸体、恋愛、官能的な美しさ、皇帝の権威を表す作品も作られています。

ロココ美術と新古典主義の違い

ロココ美術 新古典主義
貴族の恋愛や遊び 古代史、神話、英雄
淡く柔らかな色 はっきりした輪郭と落ち着いた色
曲線の多い装飾 直線や単純な建築
人物が庭園や室内に溶け込む 人物の姿と行動が明確に見える
私的な楽しみ 義務、自己犠牲、国家
フラゴナール《ぶらんこ》 ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》

ただし、ロココがある日突然消え、新古典主義へ入れ替わったわけではありません。

二つの美術は同じ時代に存在し、画家によっては、ロココの柔らかな表現と、新古典主義の明確な形を使い分けることもありました。

新古典主義絵画の特徴

はっきりした輪郭

新古典主義の絵画では、人物の腕、脚、顔、衣服などの形が、背景からはっきり分かるように描かれました。

遠くから見ても、誰が立ち、誰が座り、どの方向へ腕を伸ばしているのかがわかります。

ジャック=ルイ・ダヴィッド作『ホラティウス兄弟の誓い』ジャック=ルイ・ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》。1784年、油彩・カンヴァス、ルーヴル美術館所蔵。
作者:ジャック=ルイ・ダヴィッド撮影:Shonagon出典:Wikimedia CommonsPublic domain
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明確な輪郭を確認できる代表作品

ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》

兄弟の伸ばした腕、父親の掲げる剣、女性たちの曲げた背中が、背景からくっきりと浮かび上がっています。人物同士が重なりすぎないため、それぞれの行動が一目でわかります。

絵筆の跡を目立たせない画面

人物の肌や衣服は、絵筆で塗った跡がほとんど見えないほど滑らかに仕上げられました。

表面に凹凸や荒さを残さないことで、人物は大理石の彫刻のように、冷たく完成された姿に見えます。

水の入った壺を肩に載せ、流れ落ちる水を受けながら立つ女性を描いた、アングルの絵画『泉』
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《泉》。1820年ごろ着手、1856年完成、カンヴァスに油彩、163×80センチ、ルーヴル美術館所蔵、オルセー美術館に寄託。
作者:ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル
撮影者:記載なし
画像提供:Google Art Project
出典:Wikimedia Commons
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滑らかな画面の代表作品

アングル《泉》

女性の肌には筆の跡がほとんど見えません。肩から腕、腰、脚へ続く輪郭が途切れず、つるりとした大理石像のような印象を与えます。

中心がわかりやすい人物の配置

新古典主義の絵画では、誰が中心人物で、どこで重要な出来事が起きているのかが、すぐに伝わるように人物が置かれています。

代表例として、はっきりした輪郭でも取り上げた作品
ダヴィッドの《ホラティウス兄弟の誓い》

絵の左には剣へ腕を伸ばす三兄弟、中央には三本の剣を掲げる父親、右には身を寄せて悲しむ女性たちが描かれています。

背景にある三つのアーチも、それぞれの人物のまとまりに対応しています。さらに、兄弟たちの腕と視線が中央の剣へ向かっているため、見る人の目も自然に父親と剣へ導かれます。

このように、人物が一方に集まりすぎず、中心となる出来事がすぐにわかる配置をして安定した構図になっています。

古代史や神話

古代ギリシャ・ローマの歴史や神話が、重要な題材となりました。

ただし、昔の出来事を紹介するだけではありません。古代の物語を通して、当時の人々が向き合っていた、家族、国家、義務、戦争、権力などの問題を題材としました。

理想化された人体

新古典主義の画家は、実際の人物をモデルにして、体の形や姿勢を観察して描きました。しかし、目の前にいるモデルを、見たまま描いたわけではありません。

画家は古代ギリシャ・ローマの彫刻を参考にしながら、人体がより美しく見えるように、さまざまな技巧を使いました。頭が大きく見えすぎないように体を細長くしたり、肩から腕、腰から脚へ続く線がなめらかになるように、手足の長さや姿勢へ少しずつ手を加えます。

たとえば、肩から腕、腰から脚へ続く線がなめらかにつながるように、首や手足を少し長く描くことがあります。左右の形を近づけたり、筋肉のふくらみをわかりやすくしたりして、全身がすっきり見えるようにすることもありました。

そのため、描かれた人物には、生きた人間らしい柔らかさが残っていますが、実際の人間よりもしわやゆがみはなく、均整のとれた姿に見えます。

このように、現実の人体をもとにしながら、より美しく、より完全に見える姿へ近づけることを「理想化」と呼びます。

理想化された人体

アングル《泉》

女性は片方の脚に体重をかけ、古代彫刻を思わせる姿勢で立っています。肩から腕、腰、脚へ続く輪郭は、途中で急に折れ曲がらず、なめらかな一本の線のようにつながっています。

肌にはしわや細かな凹凸がほとんど描かれず、磨かれた大理石像のように見えます。実際の一人の女性をそのまま描くよりも、静かで美しく見える人体を作ることが優先されています。

青い寝台に背を向けて横たわり、振り返ってこちらを見る女性を描いた、アングルの絵画『グランド・オダリスク』
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《グランド・オダリスク》。1814年、カンヴァスに油彩、91×162センチ、ルーヴル美術館所蔵。
作者:ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル
撮影者:記載なし
出典:Wikimedia Commons
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理想化された人体

アングル《グランド・オダリスク》

横たわる女性の背中は、実際の人体よりも長く引き伸ばされています。腕や脚も細長く描かれ、背中から腰へ続く大きな曲線が強調されています。

解剖学的には不自然な部分がありますが、アングルは体の正確さよりも、女性の背中が優美な線に見えることを重視しました。現実の人体を変えてでも、美しい輪郭を作った例です。

《泉》では、しわや凹凸を目立たなくし、静かで均整のとれた人体が作られています。一方、《グランド・オダリスク》では、背中や手足を長くして、より優美な曲線が作られています。

どちらも現実の人体をもとにしていますが、実際の人間をそのまま写すのではなく、作品の中で最も美しく見える姿へ変えているのです。

ジャック=ルイ・ダヴィッド

ジャック=ルイ・ダヴィッドは、フランスの新古典主義を代表する画家です。

王立絵画彫刻アカデミーで学び、ローマに滞在して、古代彫刻、ラファエロ、プーサンなどの作品を研究しました。

若い頃の作品には、ロココ美術の柔らかな色や動きも残っていました。しかしローマで古代美術に触れた後、人物の輪郭がはっきりし、建物や人物の位置が計算された、引き締まった画面へ変化していきます。

《ホラティウス兄弟の誓い》

ダヴィッドの《ホラティウス兄弟の誓い》は、1784年に制作されました。

題材は、古代ローマと近くの都市アルバ・ロンガの戦いにまつわる物語

大勢が戦う戦争を避けるため、両方の都市から三人ずつの戦士を選び、決闘によって勝敗を決めることになります。ローマ側から選ばれたのが、ホラティウス家の三兄弟が描かれています。

ジャック=ルイ・ダヴィッド作『ホラティウス兄弟の誓い』ジャック=ルイ・ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》。1784年、油彩・カンヴァス、ルーヴル美術館所蔵。
作者:ジャック=ルイ・ダヴィッド撮影:Shonagon出典:Wikimedia CommonsPublic domain
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画面左の三兄弟

画面左には、三人の兄弟が横一列に立っています。

中心がわかりやすい人物の配置でも取り上げていますが、

三人は片脚を前へ踏み出し、右腕をまっすぐ伸ばしています。腕と脚は直線のように固く、体全体から強い決意が伝わります。

三人の手は、画面中央で父親が掲げる剣へ向かっています。視線も腕も同じ場所へ集まるため、見る人の目も自然に剣へ導かれます。

画面中央の父親

中央の父親は、赤い衣服を着て、三本の剣を高く掲げています。

父親の体は正面に近い向きですが、顔は息子たちへ向けられています。両脚をしっかり開いて立ち、家族の父であると同時に、祖国の命令を伝える人物として描かれています。

背景の中央のアーチが、父親の姿を額縁のように囲み、画面の中心であることを強調しています。

画面右の女性たち

画面右では、女性たちが椅子や床に座り、互いに寄り添っています。

男性たちの腕や脚が硬い直線を作っているのに対し、女性たちの背中、腕、衣服は、下へ流れる柔らかな曲線を描いています。

女性たちは、戦いによって夫、婚約者、兄弟などを失う可能性があります。祖国のために戦おうとする男性たちの決意と、家族を失う女性たちの悲しみが、同じ部屋の左右に分けて描かれているのです。

三つのアーチ

背景には、太い石の柱に支えられた三つの半円形アーチがあります。

左のアーチの下には三兄弟、中央には父親、右には女性たちが置かれています。

建物の三つの区切りと、人物の三つのまとまりが重なることで、多くの人が描かれていても、画面が混乱しません。

古代ローマの質素な石造建築も、豪華な宮殿ではなく、厳しく簡素な社会を思わせます。

《ホラティウス兄弟の誓い》の見るポイント

  • 三本の剣へ集まる腕と視線
  • 男性たちが作る硬い直線
  • 女性たちが作る柔らかな曲線
  • 三つのアーチと人物のまとまり
  • 祖国への義務と家族への愛情の対立

革命前に描かれた作品

《ホラティウス兄弟の誓い》は、フランス革命が始まる前に、王政のもとで制作された作品です。

そのため、最初から革命を宣伝するために描かれた作品ではありません。

しかし、個人の悲しみよりも、祖国や公共のための義務を優先する物語は、革命の時代になると、市民の勇気や自己犠牲を表す絵として受け止められるようになりました。

作品の意味は、描かれたときだけで決まるとは限りません。社会が変わると、同じ絵が新しい意味を持つこともあります。

フランス革命とダヴィッド

1789年にフランス革命が始まると、ダヴィッドは革命運動に深く関わるようになります。

革命政府の議員となり、大勢の人が集まる政治的な式典や祭典の演出も担当しました。

古代ローマの市民や英雄を描く新古典主義は、新しい国を作ろうとする革命家たちにとって、理想を示すためのわかりやすい表現になりました。

《マラーの死》

《マラーの死》には、暗殺された革命家ジャン=ポール・マラーが描かれています。

マラーは皮膚の病気をやわらげるため、布をかぶせた浴槽に入りながら仕事をしていました。そこへ面会に来た女性に刺され、命を落とします。

浴槽の中で息絶え、左手に手紙を持ったジャン=ポール・マラーを描いた、ジャック=ルイ・ダヴィッドの絵画『マラーの死』
ジャック=ルイ・ダヴィッド《マラーの死》。1793年、カンヴァスに油彩、165×128センチ、ベルギー王立美術館所蔵。
作者:ジャック=ルイ・ダヴィッド
撮影者:記載なし
画像提供:Google Arts & Culture
出典:Wikimedia Commons
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暗い背景と一人の人物

画面の上半分には、家具も建物も描かれていません。暗い茶色の空間が広がり、静けさを作っています。

その暗闇の下に、白い布を頭へ巻いたマラーの姿が浮かび上がります。

背景に余計な物がないため、見る人の目は、マラーの顔、下へ垂れた右腕、手に持つ手紙へ向かいます。

浴槽と木箱

マラーの前には、机の代わりに使われた粗末な木箱があります。

豪華な家具ではなく、傷のある木箱を描くことで、マラーが自分のためではなく、革命の仕事に身をささげた人物であるように見せています。

浴槽の白い布や下へ垂れた腕は、キリストの死を描いた宗教画を思わせます。

革命期の新古典主義を代表する作品

ダヴィッド《マラーの死》

血の多い殺人現場としてではなく、静かに命を失った殉教者のように描かれています。暗い背景、白い布、下へ垂れた腕によって、革命家が新しい時代の聖人のように見える作品です。

革命の理想と政治の現実

フランス革命は自由や平等を掲げて始まりましたが、やがて政治的な対立が激しくなり、多くの人々が処刑される恐怖政治へ進みました。

ダヴィッドは、急進的な革命指導者ロベスピエールに近い立場だったことから、ロベスピエールが失脚すると、ダヴィッドも逮捕され、投獄されました。

新古典主義の絵が表した、勇気、正義、自己犠牲という理想と、実際の政治の間には、大きな隔たりがありました。

ナポレオンの画家となる

その後、ナポレオン・ボナパルトがフランスで力を持つようになると、ダヴィッドはナポレオンの首席画家となります。

革命の市民的な理想を表していた新古典主義は、今度は皇帝の力と正しさを示すために使われました。

ナポレオンは、自分を古代ローマの将軍や皇帝のように見せようとしていたことと、新古典主義を描くダヴィッドは相性が良かったのでしょう。

《アルプスを越えるボナパルト》

ダヴィッドの描いた《アルプスを越えるボナパルト》では、ナポレオンが白い馬に乗り、岩山を進んで姿を描いています。

馬は前脚を高く上げ、たてがみを風になびかせています。地面には強い風が吹き、ナポレオンの黄色いマントも大きく広がっています。

周囲の兵士たちは、遠くの山道を小さく進んでいます。そのため、画面手前のナポレオンは、実際以上に大きく、歴史を動かす英雄のように見えます。

白馬が描かれていますが、実際にはけわしい山を馬で登れるわけもなく、ロバに乗っていたといわれています。

白馬にまたがり、右手で進行方向を示すナポレオン・ボナパルトを描いた、ダヴィッドの絵画『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』
ジャック=ルイ・ダヴィッド《サン=ベルナール峠を越えるボナパルト(アルプスを越えるボナパルト)》。1802~1803年、カンヴァスに油彩、246×231センチ、美術史美術館絵画館所蔵。
作者:ジャック=ルイ・ダヴィッド
撮影者:記載なし
画像提供:Google Cultural Institute
出典:Wikimedia Commons
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静かな顔と荒れる馬

馬は激しく体をひねり、今にも暴れ出しそうです。

しかし、馬上のナポレオンの顔は落ち着いています。片手で手綱を握り、もう片方の手で進む方向を指し示しています。

荒れる自然や動物さえも、ナポレオンの意志によって従っているように見える構図です。

英雄としてのナポレオンを示す代表作品

ダヴィッド《アルプスを越えるボナパルト》

実際の移動の様子をそのまま描いたものではありません。白馬、風になびくマント、上を指す手によって、ナポレオンを歴史上の英雄として見せています。

画面下の岩には、ハンニバルやカール大帝など、過去にアルプスを越えた英雄の名とともに、ナポレオンの名が刻まれています。ナポレオンを古代以来の偉大な指導者の一人として見せるための仕掛けです。

《ナポレオン一世の戴冠式》

《ナポレオン一世の戴冠式》は、横幅が約10メートルに及ぶ巨大な作品です。

画面には、皇族、聖職者、軍人、貴族など、大勢の人物が描かれています。実物を前にすると、一人ひとりがほぼ人間と同じ大きさに感じられ、見る人も式典の会場へ入ったような感覚になります。

ノートルダム大聖堂で、ナポレオン一世がひざまずく皇妃ジョゼフィーヌの頭上に王冠を掲げ、周囲を教皇や聖職者、宮廷人が囲むダヴィッドの絵画
ジャック=ルイ・ダヴィッド《ナポレオン一世の戴冠式》。1806~1807年、カンヴァスに油彩、621×979センチ、ルーヴル美術館所蔵。
作者:ジャック=ルイ・ダヴィッド
撮影:Shonagon
出典:Wikimedia Commons
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画面中央のナポレオン

画面中央では、ナポレオンが妻ジョゼフィーヌへ冠を授けようとしています。

ジョゼフィーヌは低い位置でひざまずき、ナポレオンはその上に立っています。周囲の人物も二人の方へ顔を向けているため、見る人の視線は自然に中央へ集まります。

ナポレオンの背後には、背の高い聖職者や赤い衣服の人物が並び、垂直の線が皇帝の姿をさらに高く見せています。

建物と豪華な布

会場の壁には太い柱が並び、上からは重い布が垂れています。

赤、白、金色が画面全体に広がり、古代ローマの皇帝やキリスト教の大祭を思わせる、豪華で厳かな空間が作られています。

帝政期の新古典主義を代表する作品

ダヴィッド《ナポレオン一世の戴冠式》

実際の式典を記録したように見えますが、人物の位置、視線、建物、衣服の色は、ナポレオンが画面の中心で最も強く見えるように組み立てられています。歴史画であると同時に、皇帝の権威を示す作品です。

なぜ新古典主義は革命にも皇帝にも使えたのか

一つは、公共のために行動する市民や、共和政を守る英雄の姿です。もう一つは、広大な領土を支配し、強い権力を示す皇帝と帝国の姿でした。

これは、古代ギリシャ・ローマの歴史が、一つの政治や価値観だけでできていたわけではないためです。市民が政治を支えた都市国家や共和政の時代もあれば、王や皇帝が大きな権力を握った時代もありました。

古典主義は、こうした長い古代の歴史全体を手本としたため、その中から異なる理想を選び取ることができたのです。

革命家は、共和政ローマの市民や英雄を、自分たちの理想と結びつけました。一方、ナポレオンは、皇帝や凱旋、帝国の権威を表す古代ローマの姿を利用しました。

そのため、古代ローマを手本とする新古典主義は、共和政を求める革命にも、皇帝の力を示す政治にも用いることができました。

利用した立場 古代美術に求めたもの 代表作品
革命 市民の義務、自己犠牲、殉教 《マラーの死》
ナポレオン 英雄、皇帝、国家の権威 《ナポレオン一世の戴冠式》

新古典主義は、特定の政治思想だけを表す美術ではありません。

古代の人物や建築に、その時代の人々が必要とする意味を与えられる、幅の広い表現だったのです。

アングルと線の美

ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングルは、ダヴィッドの工房で学び、古典主義的な伝統を19世紀へ受け継いだ画家です。

アングルは、古代美術だけでなく、ルネサンスのラファエロを高く評価しました。

色を勢いよく塗ることよりも、人物の輪郭をどのようにつなげれば美しく見えるかを重視しました。

水の入った壺を肩に載せ、流れ落ちる水を受けながら立つ女性を描いた、アングルの絵画『泉』ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《泉》。1820年ごろ着手、1856年完成、カンヴァスに油彩、163×80センチ、ルーヴル美術館所蔵、オルセー美術館に寄託。
作者:ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル
撮影者:記載なし
画像提供:Google Art Project
出典:Wikimedia Commons
Public domain
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デッサンと輪郭

デッサンとは、線や明暗によって、人物や物の形、立体感、位置関係を表すことです。

アングルは、絵画では、まず線によって形を決めることが重要だと考えました。

肩から腕、背中から腰、腰から脚へ続く輪郭が、美しい一つの流れになるように描いています。

そのため、現実の人体の長さや骨格を少し変えることもありました。

アングル《泉》

《泉》には、肩にかけた壺から水を流す裸の女性が描かれています。

女性は画面の中央にまっすぐ立ち、片方の脚に体重をかけています。もう一方の脚は少し曲がり、古代ギリシャ彫刻のコントラポストを思わせる姿勢です。

縦に流れる形

女性の頭の上には大きな壺があります。壺から流れ出た水は、女性の肩、腕、腰、脚と並ぶように、画面の下へ落ちています。

壺、腕、体、水の流れが、縦に長い一つの形を作っているのです。

滑らかな肌

女性の肌には、絵筆で塗った跡がほとんど見えません。

肩から胸、腰、脚へ続く部分は、急に折れ曲がらず、なめらかにつながっています。そのため、生身の人間でありながら、磨かれた大理石像のようにも見えます。

アングルの古典的な理想美を示す代表作品

アングル《泉》

壺から落ちる水と、女性の細長い体が、画面の上から下へ続く大きな流れを作っています。実際の人体の正確さだけでなく、輪郭の美しさを優先した作品です。

理想化された人体

《泉》の女性は、自然で写実的な人体に見えます。しかし、実際の一人の女性を、見えたまま描いたわけではありません。

首、肩、背中、腰、腕、脚には、全身の輪郭が美しくつながるように、少しずつ手が加えられています。肌にはしわや細かな凹凸がほとんどなく、首から肩、背中から腰、腰から脚へ続く線も、実際の人体以上になめらかです。

この描き方は、現代の漫画にも少し似ています。漫画の人物は、現実にはありえないほど大きな目や細い顔、長い手足を持っていても、読者には魅力のある一人の人物として受け入れられます。なかには、その人物に強くひかれる人もいます。

現実の人体を正確に写すことより、見る人が「美しい人」や「理想の人」と感じる姿を作ることが優先されています。しわや細かな凹凸を目立たなくし、体を包むような曲線をなめらかにすることで、現実の人間よりも若く、清らかで、気高い人物に見せているのです。

このように新古典主義では、現実の人体をもとにしながら、見る人にとってより美しく、理想的に感じられる姿へ近づけることがありました。

新古典主義と官能性

新古典主義というと、ダヴィッドのような、厳しい歴史画や道徳的な作品が思い浮かびます。

しかし、アングルは女性の裸体や、ヨーロッパから見た異国の室内も多く描きました。

そこには、古典主義の線と理想美だけでなく、柔らかな肌、長く伸びた背中、豪華な布などによる官能的な表現があります。

青い寝台に背を向けて横たわり、振り返ってこちらを見る女性を描いた、アングルの絵画『グランド・オダリスク』ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《グランド・オダリスク》。1814年、カンヴァスに油彩、91×162センチ、ルーヴル美術館所蔵。
作者:ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル
撮影者:記載なし
出典:Wikimedia Commons
Public domain
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《グランド・オダリスク》

《グランド・オダリスク》には、青い布の上に横たわり、背中越しにこちらを見る女性が描かれています。

女性の頭には布が巻かれ、右手には羽根のついた扇を持っています。周囲には青い布、茶色い毛皮、煙を出す香炉などが置かれ、ヨーロッパ人が想像した異国の部屋が作られています。

長く引き伸ばされた背中

女性の背中は、実際の人体よりも長く見えます。

腰から肩までがゆるやかな曲線を描き、腕や脚も細長く伸びています。

人体の正確さよりも、背中から腰へ続く美しい線を優先したためです。

アングルの異国趣味を示す代表作品

アングル《グランド・オダリスク》

長く引き伸ばされた背中、青い布、羽根の扇、香炉などによって、現実とは少し離れた、静かで官能的な空間が作られています。古典的な輪郭と異国への想像が組み合わされた作品です。

このため、アングルを、理性や規則だけを重視した画家と考えることはできません。

古典主義の伝統を守りながら、後のロマン主義にも通じる異国趣味や感覚を持っていたのです。

ダヴィッドとアングルの違い

ダヴィッド アングル
古代史や政治的な事件 肖像画、裸体、異国的な場面
義務、革命、国家、皇帝 線の美しさ、理想的な人体、官能性
力強く直線的な人物 滑らかで曲線的な人物
《ホラティウス兄弟の誓い》 《泉》

二人とも古典主義の伝統に立つ画家ですが、古代美術から受け取ったものと、作品で表した内容は同じではありません。

新古典主義の彫刻

新古典主義は、彫刻でも大きく発展しました。

彫刻家たちは、古代ギリシャ・ローマの大理石像を研究し、なめらかで均整のとれた人体を作りました。

代表的な彫刻家が、イタリアのアントニオ・カノーヴァです。

カノーヴァ《アモルとプシュケ》

《アモルとプシュケ》には、愛の神アモルが、眠りから目覚めるプシュケを抱き起こす場面が表されています。

プシュケは仰向けに近い姿勢で体を起こし、両腕をアモルの頭の後ろへ回しています。アモルは上から身をかがめ、プシュケの体を支えています。

翼を広げたアモルが、岩の上に横たわるプシュケを抱き起こし、顔を近づけているカノーヴァの大理石彫刻
アントニオ・カノーヴァ《アモルの接吻で蘇るプシュケ(アモルとプシュケ)》。1787~1793年、大理石・金属、高さ155×幅168×奥行101センチ、ルーヴル美術館所蔵。
作者:アントニオ・カノーヴァ
撮影:Jean-Pol GRANDMONT
出典:Wikimedia Commons
CC BY 4.0
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腕が作る大きな輪

二人の腕は、彫刻の中央に大きな輪を作っています。

見る人の目は、プシュケの腕からアモルの顔へ進み、そのままアモルの腕を通って、再びプシュケの体へ戻ります。

一つの方向だけを見るのではなく、彫刻の周りを歩きながら、二人の体が作る曲線を確かめられる作品です。

硬い石を柔らかな肌に見せる

材料は硬い大理石ですが、肌は柔らかく見えます。

腕が体へ触れる部分、指先、髪、翼などが細かく彫られ、石の冷たさを忘れさせます。

新古典主義彫刻の代表作品

アントニオ・カノーヴァ《アモルとプシュケ》

二人の腕と体が大きな曲線を作り、見る位置によって形が変わります。古代神話と理想的な人体を使いながら、静かな愛情と目覚めの瞬間を表した彫刻です。

新古典主義には、厳しい道徳や政治を表す作品だけでなく、優美さ、愛情、官能性を表す作品もあったのです。

新古典主義建築

新古典主義建築では、古代ギリシャ神殿や古代ローマ建築を思わせる、太い柱、三角形の破風、大きなドーム、左右対称の正面などが使われました。

細かな装飾を壁いっぱいに付けるのではなく、柱、壁、屋根を大きく分け、建物全体の形が遠くからでもわかるように作られました。

パリのパンテオン

パリのパンテオンは、新古典主義建築を代表する建物です。

正面には、古代ギリシャ神殿を思わせる太い柱が横一列に並び、その上に三角形の破風が載っています。

建物の中央には大きなドームがあり、遠くから見ると、横に広がる神殿の上へ、丸い屋根が持ち上がっているように見えます。

コリント式の列柱と三角形の破風、その上に大きなドームを備えたパリのパンテオン正面外観
パリのパンテオン。18世紀後半、ジャック=ジェルマン・スフロ設計、フランス・パリ。
設計:ジャック=ジェルマン・スフロ
撮影:Tijmen Stam
出典:Wikimedia Commons
CC BY-SA 2.5
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外から見た形

正面に立つと、柱が高くそびえ、入口がその奥の暗い場所に見えます。

柱の間を通って建物へ入るため、訪れる人は、日常の町から、特別で厳かな空間へ進むように感じます。

内部の広がり

内部へ入ると、太い柱と大きなアーチが続き、その上に高いドームが広がっています。

天井が高く、声や足音が響くため、建物の大きさを目だけでなく、耳でも感じられます。

新古典主義建築の代表作品

パリのパンテオン

正面の列柱と三角形の破風は古代ギリシャ神殿を思わせ、中央の大きなドームは古代ローマ建築を思わせます。古代の建築を組み合わせ、国家や公共施設にふさわしい威厳を表した建物です。

なぜ公共建築に古代の形が使われたのか

新古典主義の建築は、博物館、議会、裁判所、銀行、記念施設などに広く使われました。

同じ間隔で並ぶ柱、左右対称の正面、動かない石の壁は、安定した国家、正しい法律、長く続く制度を思わせます。

そのため、古代神殿のような建物は、国や社会の信頼を目に見える形で表すものとして選ばれたのです。

現在でも、議会、裁判所、博物館、銀行などに太い柱や三角形の屋根が使われることがあります。

新古典主義の建築が作った「古代の形は信頼や権威を表す」という印象は、現代にも残っています。

新古典主義と美術アカデミー

新古典主義は、美術アカデミーの教育とも強く結びついていました。

学生は、最初から自分の好きな絵を自由に描いたわけではありません。

まず線を引く練習を行い、版画や優れた作品を写しました。その後、古代彫刻の石膏像を描き、最後に実際の裸体モデルを観察しました。

古代彫刻を何度も描くことで、頭、胸、腕、脚の長さや、片脚に体重をかけたときの腰と肩の傾きを学びました。

実際のモデルを描く場合にも、その人の姿をそのまま写すだけでなく、古代彫刻を手本に、より理想的な人体へ近づけることが求められました。

アカデミズムとは何か

アカデミズムとは、美術学校や公式展覧会で受け継がれた、伝統的な美術の考え方や様式を指します。

正確なデッサン、理想的な人体、古代史や神話を描く歴史画、筆の跡を目立たせない滑らかな画面などが高く評価されました。

古代美術、ルネサンス、プーサン、ダヴィッド、アングルなどが、重要な手本となりました。

玉座に座るホメロスが翼のある勝利の女神から月桂冠を授けられ、周囲を古代から近代までの詩人や芸術家が取り囲む、アングルの絵画『ホメロスの神格化』
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《ホメロスの神格化(ホメロス礼賛)》。1827年、カンヴァスに油彩、386×512センチ、ルーヴル美術館所蔵。
作者:ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル
撮影:Shonagon
出典:Wikimedia Commons
Public domain
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アカデミズムの考え方を示す代表作品

アングル《ホメロス礼賛》

画面中央では、古代ギリシャの詩人ホメロスが高い位置に座っています。その周囲には、過去の詩人、芸術家、思想家たちが並びます。古代文化を頂点とし、その伝統を後世の人々が受け継ぐという考え方が、階段状の人物配置によって表されています。

新古典主義は一つの表現ではない

新古典主義というと、厳しい顔をした英雄や、道徳を教える歴史画だけを想像しがちです。

しかし、実際の新古典主義には、さまざまな表現があります。

表したもの 代表作品
公共の義務と自己犠牲 《ホラティウス兄弟の誓い》
革命の殉教者 《マラーの死》
英雄としての指導者 《アルプスを越えるボナパルト》
皇帝の権威 《ナポレオン一世の戴冠式》
理想的な女性の裸体 アングル《泉》
異国趣味と官能性 《グランド・オダリスク》
古代神話と愛情 カノーヴァ《アモルとプシュケ》
国家や公共施設の威厳 パリのパンテオン

これらに共通しているのは、古代ギリシャ・ローマの形や題材を、新しい時代の目的に合わせて使ったことです。

新古典主義からロマン主義へ

19世紀前半には、新古典主義と並んで、ロマン主義が発展しました。

新古典主義が、明確な輪郭、安定した構図、古代の英雄などを重視したのに対し、ロマン主義は、激しい感情、死、恐怖、異国、戦争、荒れる自然などを強く表しました。

ただし、新古典主義が終わった後に、ロマン主義が始まったわけではありません。

二つの美術は同じ時代に存在し、互いに反発しながらも影響を与え合いました。

アングルの作品には異国への想像や官能性があり、ロマン主義のジェリコーの作品には、古代彫刻を思わせる筋肉質な人体が残っています。

二つの美術を、理性と感情という言葉だけで完全に分けることはできないのです。

代表作品から新古典主義を振り返る

用語・人物 代表作品 見るポイント
ポンペイ壁画 《ディオニュソスの秘儀》 赤い壁と等身大に近い人物
ピラネージ 版画集『ローマの景観』 人間を圧倒する巨大な遺跡
ロココ フラゴナール《ぶらんこ》 柔らかな色、庭園、恋愛の場面
新古典主義 《ホラティウス兄弟の誓い》 直線、三つのアーチ、祖国への義務
革命期のダヴィッド 《マラーの死》 暗い背景、白い布、殉教者の姿
ナポレオンの英雄化 《アルプスを越えるボナパルト》 白馬、風になびくマント、指し示す手
ナポレオン帝政 《ナポレオン一世の戴冠式》 巨大な画面、中央の皇帝、豪華な式典
アングル 《泉》 滑らかな肌と縦に続く輪郭
異国趣味 《グランド・オダリスク》 長い背中、青い布、羽根の扇
新古典主義彫刻 カノーヴァ《アモルとプシュケ》 腕が作る輪と柔らかく見える大理石
新古典主義建築 パリのパンテオン 列柱、三角形の破風、大きなドーム

まとめ

新古典主義は、古代ギリシャ・ローマ美術を近代によみがえらせた美術運動です。

ポンペイやヘルクラネウムの発掘によって、古代の壁画、家具、食器、住宅などが発見され、古代世界を実物から学べるようになりました。

ピラネージの版画は、古代ローマの遺跡を巨大で神秘的な姿として広め、ウィンケルマンは、古代ギリシャ彫刻の均整と気高さを高く評価しました。

ダヴィッドの《ホラティウス兄弟の誓い》では、古代ローマの物語を通して、祖国への義務と家族への愛情が描かれました。

フランス革命の時代には、新古典主義は市民の勇気や革命家の犠牲を表すために使われます。その後、ナポレオンの時代には、皇帝の権威と英雄的な姿を示すためにも利用されました。

アングルは、線と輪郭を重視し、現実の人体を美しく引き伸ばしました。カノーヴァは、硬い大理石から、触れれば柔らかそうに見える人体を作り出しました。

新古典主義は、古代をそのまま再現した美術ではありません。

古代の英雄、神々、皇帝、人体、建築に、革命、国家、権力、愛情、官能性、理想美という新しい意味を与えた美術だったのです。

気になることを詰め込んでいったら長くなった

次の記事

次回は、新古典主義とロマン主義を代表作品から比較します。人物の姿勢、色、光、構図を見ながら、理性と感情、線と色彩の違いを確かめます。

▶ 新古典主義とロマン主義|理性と感情、線と色彩はどう対立したのか