この記事の要約 2022年に成立したAV出演被害防止・救済法は、出演強要などの被害から人を守るための法律です。しかし、「本人を守る」ことと「本人の選択を尊重する」ことは、いつでも一致するのでしょうか。1958年の赤線廃止と比較しながら、保護と自己決定の関係について考えます。
前の記事 1958年、なぜ女性の自殺者は増えたのか|赤線廃止・睡眠薬・天城山心中から考える → 第2回を読む

前の記事では、1958年に赤線がなくなったあと、女性の自殺者が大きく増えていたことが気になり、その関係を調べました。しかし、男性の自殺者も同じ年に増えており、若年層の薬物中毒や睡眠薬の流通、天城山心中の報道、不況など、いくつもの要因が重なっていたことが分かりました。

結局、「赤線廃止によって女性の自殺者が増えた」と言える資料はありませんでした。ただ、その過程で別の疑問が残りました。

売春防止法の資料を読んでいると、女性について「保護」「更生」という言葉が何度も出てきます。もちろん、人身売買や借金による拘束、搾取から女性を守る必要はあります。しかし同時に、「本人を守る」という理由で、本人がそれまで生活のために使っていた仕事をなくすことにもなりました。

ここで気になったのが、2022年に成立したAV出演被害防止・救済法、いわゆる「AV新法」です。

AV新法は、なぜ作られたのか

AV新法が成立する直接のきっかけの一つは、2022年4月に民法の成年年齢が20歳から18歳へ引き下げられたことでした。それまで18歳、19歳には未成年者取消権がありましたが、成人になることで、親の同意なく結んだ契約を未成年であることを理由に取り消せなくなりました。

AV出演についても、「18歳、19歳が不本意な契約をしてしまった場合、これまでより救済しにくくなるのではないか」という問題が国会で取り上げられました。ただし議論が進む中で、被害は18歳、19歳だけの問題ではないとして、最終的には年齢や性別を問わず出演者を保護する法律になっています。

ここは重要で、AV新法は「女性だけを保護する法律」ではありません。この記事では赤線廃止との流れから「女性を守る」という言葉を使っていますが、法律そのものは男性を含めたすべての出演者を対象としています。

また、突然一部の活動家だけが思いついて作った法律というわけでもありません。2022年5月の国会審議では、AV出演強要問題について、それ以前から長年にわたって被害者や支援団体などからヒアリングを重ねてきたことが説明されています。成年年齢引下げをきっかけに議論が急速に進み、超党派の議員立法として法制化されました。

出典: 衆議院 第208回国会 内閣委員会 第26号 2022年5月25日

AV新法はAVを禁止した法律ではない

赤線廃止と比較するときには、ここも分けて考える必要があります。1958年の売春防止法は、売春を助長する営業などを禁止し、それまでの赤線という仕組みそのものを消していきました。一方、AV新法はAVへの出演そのものを禁止する法律ではありません。

現在の法律では、作品ごとに出演契約を結び、契約内容を説明して書面を渡すことが必要です。さらに契約書などを受け取ってから1か月間は撮影できず、すべての撮影が終了してから4か月間は公表できません

撮影中でも嫌な行為を拒否でき、公表前に映像を確認する機会も必要です。また、公表後も一定期間は理由を問わず契約を解除できる仕組みが設けられています。

これだけを見ると、かなり出演者側を強く守った法律だと思います。モデルの仕事だと説明されて契約したらAVだった、違約金を請求すると脅されて撮影を断れなかった、撮影した映像がインターネット上に残り続ける、といった被害を考えれば、一般の仕事より慎重な制度を用意する理由は十分にあります。

問題は、その先です。

出典: 内閣府男女共同参画局「AV出演被害防止・救済法」

「守る必要がある人」と「自分で選んでいる人」は同じなのか

AV出演者の全員が、だまされたり強要されたりして出演しているわけではありません。自分で仕事内容を理解したうえで出演し、それを職業として選んでいる人もいます。経験を積み、同じ制作会社やスタッフと何度も仕事をしている人もいるでしょう。

ところが法律上は、初めて出演する人も、長年その仕事をしている人も、原則として同じ「1か月」「4か月」という期間規制を受けます。

ここで、「本人を守るためだから仕方がない」とだけ考えてよいのかが気になります。

たとえば危険な作業をする仕事なら、本人が「危険でも構わない」と言っても安全基準をなくすことはできません。最低賃金も、本人が同意したからといって無制限に下げてよいわけではありません。その意味では、本人が同意したことだけを理由に、すべての規制をなくすこともできないでしょう。

しかし一方で、成人が仕事内容とリスクを理解して、自分の意思で選んでいる場合まで、「あなたのためだから」と一律に選択肢を狭めていくと、別の問題が出てきます。

これは政治哲学でいうパターナリズム(父権的介入)の問題に近いのだと思います。本人が自分で判断できる成人であっても、「あなたにとってはこちらの方がよい」と社会や国家が判断し、その選択を制限する考え方です。

「保護」と「自己決定」は、どこで線を引くのか

ここで私は、二つを分ける必要があるように思います。だまされないために契約内容を説明する。撮影を拒否できる。映像を事前に確認できる。強要された場合に契約を取り消せる。公開された映像を止める方法を用意する。

こうした仕組みは、本人が自分で選べる状態を作るための保護です。

一方、「十分考えていないかもしれないから、本人が希望しても一定期間は仕事をさせない」というところまで行くと、保護の意味が少し変わってきます。本人が選択できるようにするのではなく、本人の選択より制度側の判断を優先する部分が出てくるからです。

もちろん、AVの場合には、一度公開された映像を完全に消すことが非常に難しく、普通の仕事とは違う性質があります。そのため長い熟慮期間に合理性があるという考え方も十分に理解できます。

だからこそ、本当に「1か月と4か月」という期間が必要なのか、経験者にも一律で必要なのか、そのことで被害がどれだけ減り、逆にどのような不利益が生まれたのかを調べる必要があるのではないでしょうか。

実際に「期間を柔軟にしてほしい」という声も出ている

法律施行後には、出演者側からも見直しを求める動きが出ています。参議院に提出された請願では、1か月・4か月の熟慮期間を原則として残しながら、出演者本人が希望した場合には短縮できるようにしてほしいという要求が出されています。

また、この請願では政府が制作や契約の実態を調査することも求められています。つまり「保護をなくしてほしい」というより、保護の仕組みを残したうえで、本人の経験や意思をどこまで反映できるのかという問題です。

国会にも期間規制を調整する改正案が提出されています。2024年の改正案では、20歳以上で過去にAV出演経験があり、本人が書面などで承諾した場合について、撮影までの期間を1か月から1週間、公表までの期間を4か月から1週間へ短縮できる仕組みが提案されました。

この改正案には、政府がAV出演契約の締結や制作、公表などの実態について調査することも盛り込まれていました。初めて出演する人への強い保護を残しながら、経験のある成人については本人の判断をより反映させる考え方だと見ることができます。

ただし、この改正案は成立しておらず、現行制度では1か月・4か月の期間規制が維持されています。

出典: 参議院「AV出演被害防止・救済法の改正に関する請願」 衆議院「AV出演被害防止・救済法改正案 要綱」

そもそも法律には「2年以内に見直す」と書かれていた

ここでもう一つ気になることがあります。2022年に成立したAV新法の附則には、施行後2年以内に施行状況を踏まえて検討し、必要な措置を講じることが明記されていました。公表までの期間などについても検討対象とされています。

法律を作った時点から、「実際に運用してみなければ分からない部分がある」ことを立法側も認識していたとも読めます。

ところが、2025年11月の政府答弁を見ると、AV出演契約の締結状況や18歳、19歳の出演契約の実態などについて、政府は把握していないと回答しています。また、1か月・4か月ルールを含め、個々の出演契約が実際にどのように運用されているのかについても、十分な実態を把握していないことが分かります。

さらに、質問で求められたようなAV新法の「効果及び副作用」に関する調査についても、政府は現時点で実施する考えはないと回答しています。

ここには少し引っ掛かります。見直すことを最初から法律に書いているのであれば、その判断に必要なデータも集めておく必要があるのではないでしょうか。

出典: 衆議院「AV出演被害防止・救済法」 衆議院「AV新法に必要な見直しの着手に関する質問に対する答弁書」2025年11月18日

守るために作った法律なら、その後も調べる必要があるのではないか

法律を作る前に被害を調べることは当然必要です。しかし、法律を作ったあとに、「実際に被害は減ったのか」「出演者の収入や働き方はどう変わったのか」「正規の制作会社から、より管理の弱い仕事へ移った人はいないのか」「1か月・4か月という期間は本当に適切だったのか」といったことも調べなければ、制度が本当に本人を守っているのか分かりません。

もちろん、「AV新法のせいで業界が地下化した」「出演者が大量に困窮した」といった主張についても、十分な統計がない以上、そのまま事実として断定することはできません。

しかし逆に、統計がないのであれば「そうした副作用は起きていない」とも言えません。だからこそ、賛成側にも反対側にも都合のよい話だけを使うのではなく、法律によって実際に何が変わったのかを調べる必要があるのではないでしょうか。

1958年には「その後どこへ行ったのか」を調べていた

この点で、赤線廃止について調べたときのことを思い出します。1958年の政策には、現在から見れば問題のある部分が多くあります。それでも厚生省は、赤線などを離れた女性46,890人について、帰郷したのか、結婚したのか、就職したのかといった行き先を調査していました。

さらに労働省は一部の女性を追跡し、その後どのような生活をしていたのか、仕事や生活を何度変えたのか、現在の生活に満足しているのかまで調べています。

もちろん、赤線廃止とAV新法は対象も制度も違うので、「1958年の方が優れていた」と単純に比較することはできません。それでも、70年近く前に「制度を変えたあと、その人たちはどこへ行ったのか」を追った資料が残っているのに、現在のAV新法について市場や出演者の生活がどう変化したのかを示す数字が十分にないことには、少し不思議なものを感じます。

「性を売らなくても生きられる社会」と「性を売るなという社会」は違う

ここで赤線廃止の話に戻ります。1958年当時、売春をしていた女性の多くに経済的な理由があることを政府自身も把握していました。それでも制度をなくしたあと、十分な収入を得られる仕事を全員に用意できたわけではありませんでした。

そこで考えたのが、「性を売らなくても生きられる社会」と、「性を売ってはいけない社会」はまったく違うのではないかということです。

生活に困っているため、ほかに選択肢がなく性を使った仕事をしている人に、別の仕事や住居、教育、十分な所得を用意する。それなら選択肢を増やしたことになります。

しかし、代わりになる収入や仕事を用意せず、「あなたを守るために、その方法でお金を稼いではいけません」とだけ言うなら、本人から見ると選択肢が一つ減っただけになる場合もあります。

人は自分が持っているものを使ってお金を稼いでいる

この問題を考えると、少し不公平にも感じるところがあります。高い学歴を持っている人は学歴を使って仕事を得ます。専門知識を持つ人はその知識を売り、体力のある人は肉体労働に使い、話すことが得意な人は営業や配信などに使います。

人はそれぞれ、自分の持っている能力や資源を使ってお金を得ています。

そう考えると、若さや容姿、性的な魅力についてだけ、「それをお金に変えるのは本人のためにならない」と社会が判断することには、少し慎重になった方がいいのではないかと思います。

もちろん、性的な映像は一度インターネットに出ると回収が難しく、普通の能力を売る仕事とは違う危険があります。強要、搾取、性暴力、契約上の不利益について厳しい規制が必要なのも分かります。

それでも、危険だから安全に働けるようにすることと、危険だから本人が選べないようにすることは、同じではありません。

赤線廃止とAV新法は同じではない

ここは誤解のないようにしておきたいところです。赤線廃止とAV新法は、同じ種類の制度ではありません。

売春防止法によって赤線という営業形態はなくなりました。一方、AV新法はAV制作そのものを禁止せず、契約・撮影・公表の方法を厳しく規制しています。

また、1950年代の赤線には前借金、人身売買的な拘束、業者による搾取など、現在とは大きく違う問題がありました。

したがって、「1958年の売春防止法と2022年のAV新法は同じ失敗をしている」とまで言うことはできません。

ただ、共通して考えられる問いがあります。

「人を守るために制度を変えたとき、その制度の中で生活していた人が、その後どうなったのかまで見ているだろうか」

ということです。

「守ったつもり」で終わらせないために

法律を作る側には、「被害を減らしたい」という目的があります。それ自体は当然だと思います。しかし、善意で作った制度だから、結果も必ず善いとは限りません。

赤線廃止を調べたときにも、「赤線をなくした」という行政上の結果と、「そこで働いていた女性が安定した生活を得た」という結果は同じではありませんでした。

AV新法についても同じように、法律ができたことだけではなく、出演被害がどれだけ減ったのか、自分の意思で出演している人の働き方がどう変わったのか、より危険な場所へ仕事が移っていないのかまで調べて初めて、制度全体を評価できるのではないでしょうか。

「守る」という言葉は非常に強い言葉です。反対する人を、「女性を守りたくない人」のように見せることもできます。

しかし本当に大切なのは、誰かが「守ってあげた」と満足することではなく、守られる本人の選択肢、安全、収入、生活が実際にどう変わったのかを見ることではないでしょうか。

そして、ここまで考えていくと、さらに別の疑問が出てきます。

なぜ現代では、人が生活するためだけでなく、居場所や人間関係、承認まで含めて、これほど多くのお金を必要とするようになったのでしょうか。

ホスト、推し活、配信、マッチングサービスなど、以前なら家族や地域、友人関係の中で得ていたものまで、お金で手に入れる場面が増えています。

次は、そうした「フィールド」と呼べる共同体が薄くなり、人間関係や安心まで市場から買う社会になったことについて考えてみたいと思います。

続きの記事 フィールドが消えた社会――人間関係をお金で買うようになった私たちはどこへ向かうのか → 第4回を読む

参考資料

  • 内閣府男女共同参画局「AV出演被害問題について」 AV出演被害防止・救済法の制度や相談窓口などを確認するために使用しました。 https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/avjk/index.html
  • 内閣府男女共同参画局「法律の内容を知りたい方へ」 契約から撮影までの1か月、公表までの4か月、出演者の契約解除など、現行制度の内容を確認するために使用しました。 https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/avjk/houritsu.html
  • 衆議院 第208回国会 内閣委員会 第26号 2022年5月25日 成年年齢引下げと18歳・19歳の未成年者取消権、AV出演被害について長年ヒアリングが行われてきた経緯、年齢・性別を問わず出演者を保護する法案の考え方などを確認するために使用しました。 国会会議録
  • AV出演被害防止・救済法 法律の条文や、施行後2年以内の検討規定などを確認するために使用しました。 衆議院「AV出演被害防止・救済法」
  • 参議院「AV出演被害防止・救済法の改正に関する請願」 1か月・4か月の期間規制の柔軟化や、制作・契約の実態調査を求める意見を確認するために使用しました。 参議院 請願情報
  • 2024年提出「AV出演被害防止・救済法改正案 要綱」 20歳以上で出演経験のある人について、本人の承諾を条件に撮影・公表までの期間を短縮する仕組みや、政府による実態調査を求める内容を確認するために使用しました。 衆議院 議案情報
  • 衆議院「AV新法に必要な見直しの着手に関する質問に対する答弁書」2025年11月18日 AV出演契約の締結状況、18歳・19歳の出演実態、1か月・4か月ルールの個別の運用実態などを政府がどこまで把握しているのか、またAV新法の効果や副作用に関する調査についての政府の考えを確認するために使用しました。 衆議院 質問答弁情報

※売春防止法とAV出演被害防止・救済法は、目的や規制内容、対象となる行為が異なる法律です。本文では両者を同じ制度として扱うのではなく、「本人を守るために制度を変えたとき、その後の生活や自己決定をどこまで考えるべきか」という共通する問題について比較しています。

※AV新法施行後の「地下化」「仕事の減少」などについては出演者や業界側から指摘がありますが、公的な統計が十分にないため、本文ではAV新法が原因であると断定していません。制度の効果と副作用を判断するためにも、施行後の市場や出演者の生活について実態を把握する必要がある、という観点から記述しています。