浄瑠璃・人形浄瑠璃の歴史変遷年表
浄瑠璃は、はじめから人形芝居として成立したわけではありません。
最初は牛若丸と浄瑠璃姫の物語を語る芸能として広まり、そこへ三味線と人形操りが結びつくことで、人形浄瑠璃へと発展していきました。
その後、古浄瑠璃の諸流派、竹本義太夫による義太夫節の大成、近松門左衛門による劇文学の成熟、合作制と歌舞伎との相互影響を経て、現在の文楽へと受け継がれていきます。
なお、起源や初期の伝承については資料によって差があるため、確定的な年代ではなく「ごろ」「とされる」として整理しています。
ざっくりと流れが知りたい方は
⇒浄瑠璃とは?名前の由来から近松門左衛門、文楽への流れまで解説
詳細に知りたい方は
⇒古浄瑠璃から義太夫節、文楽へ|劇文学として読む浄瑠璃の歴史を詳しく
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| 時期 | 出来事・流れ | 関係する人物・作品 | ポイント |
|---|---|---|---|
| 1444年〜1449年ごろ 文安年間 |
初期の語り物が行われたとされる | 宇田勾当/『やすだ物語』 | 盲人音楽家である勾当・検校らが、初期の語り物文化に関わっていた。 |
| 15世紀中ごろ 室町時代 |
源義経と浄瑠璃姫の物語が広まる | 『浄瑠璃姫物語』/『浄瑠璃物語』 | 「浄瑠璃」という名称の起源の1つとされ、三河国、現在の愛知県周辺の伝説が背景にあります。 |
| 15世紀中葉〜16世紀 室町後期〜戦国期 |
語り物芸能として浄瑠璃が普及 | 『宗長日記』/『守武千句』など | まだ三味線や人形操りとは結びつかず、物語を語る芸能として広がっていきました。 |
| 16世紀ごろ | 説経節や平曲の影響を受ける | 琵琶/扇拍子 | 内容面では仏教的な説話や悲劇を語る説経節、音曲面では平曲・平家琵琶の影響を受けました。 |
| 1592年〜1596年ごろ 文禄年間 |
三味線成立をめぐる伝承 | 石村検校など | 蛇皮線を改良して三味線が成立したとする伝承があり、小野お通が『長生殿十二段』を作文したという説もありますが、伝承的・俗説である。 |
| 17世紀初頭 慶長・元和年間 |
語り・三味線・人形が結びつく | 西宮の傀儡師・源之丞 | 「太夫の語り」「三味線」「人形操り」が結合し、人形浄瑠璃の基本形が成立しました。 |
| 17世紀前半〜中期 江戸初期 |
古浄瑠璃の展開 | 薩摩浄雲/杉山丹後掾/井上播磨掾/宇治加賀掾 | 義太夫節以前の浄瑠璃の発展として三都の江戸・京都・大坂で多様な流派が並び立ちました。 |
| 17世紀前半〜中期 | 江戸浄瑠璃が発展 | 薩摩浄雲/金平節/岡清兵衛 | 江戸では勇壮で豪快な語りが好まれ、金平節などが人気を集めた。 |
| 寛文・延宝ごろ 1660〜1680年代 |
上方浄瑠璃が洗練される | 井上播磨掾/宇治加賀掾 | 播磨節の力強さと、加賀節の繊細な節回しが、のちの義太夫節へつながります。 |
| 1684年 貞享元年 |
竹本義太夫が竹本座を創設 | 竹本義太夫 | 大坂道頓堀に竹本座が開く。義太夫節が浄瑠璃の中心的な節として発展していきました。 |
| 1685年 貞享2年 |
近松門左衛門との提携が始まる | 近松門左衛門/『出世景清』 | 義太夫の語りと人形芝居を前提にした、本格的な劇文学としての浄瑠璃が発展する。 |
| 1703年 元禄16年 |
『曽根崎心中』初演 | 近松門左衛門 | 近松最初期の世話物。実際の心中事件を題材に、町人社会の恋愛悲劇が描かれた。 |
| 1703年 元禄16年 |
豊竹座の創設 | 豊竹若太夫/豊竹座 | 竹本義太夫の弟子であった豊竹若太夫が独立し、豊竹座を創設しました。竹本座との競争が人形浄瑠璃の全盛期を支える。 |
| 1710年代 正徳年間 |
世話物戯曲が成熟 | 『冥途の飛脚』など | 社会規範である義理と、個人の感情である人情の葛藤を描く世話物が成熟していく。 |
| 1715年 正徳5年 |
『国性爺合戦』初演 | 近松門左衛門 | 竹本座で上演され、17か月にわたるロングランを記録。近松の時代物を代表する作品。 |
| 1720年前後 享保年間 |
近松世話物の最高期 | 『心中天の網島』/『女殺油地獄』/『心中宵庚申』 | 人情描写と劇的構成が高い完成度に達する。竹本座の近松に対し、豊竹座では紀海音が活躍した。 |
| 享保年間 1716年〜1736年 |
竹本座・豊竹座の競争が激化 | 竹本座/豊竹座/紀海音 | 竹本座と豊竹座の競争により、太夫・三味線・人形・作者の技芸が高まり、人形浄瑠璃は全盛期を迎えた。 |
| 18世紀半ば 延享・寛延年間 |
合作制の時代へ | 竹田出雲/並木千柳/三好松洛/近松半二 | 単独執筆から、複数の作者が各段を分担する合作制へ移行します。舞台技巧や複雑な構成が重視される。 |
| 1746年 延享3年 |
『菅原伝授手習鑑』初演 | 竹田出雲/並木宗輔/三好松洛ら | 現在も文楽・歌舞伎で上演される三大名作の一つ。 |
| 1747年 延享4年 |
『義経千本桜』初演 | 竹田出雲/三好松洛/並木宗輔ら | 三大名作の一つ。浄瑠璃の構成力と舞台技巧が高度に発達した作品です。 |
| 1748年 寛延元年 |
『仮名手本忠臣蔵』初演 | 竹田出雲/三好松洛/並木宗輔ら | 三大名作の一つ。歌舞伎にも大きな影響を与えた代表作です。 |
| 18世紀半ば以降 宝暦期〜 |
歌舞伎との相互影響が強まる | 丸本歌舞伎 | 浄瑠璃の台本を歌舞伎が移入し、浄瑠璃側も歌舞伎的なケレン味や視覚的演出を取り入れられた。 |
| 18世紀後半 天明期以降 |
新作創作の勢いが弱まる | 『国言詢音頭』など | 旧作改作や、観客の刺激に訴える扇情的・残酷な趣向が目立つようになる。 |
| 近世後期〜近代 | 大衆娯楽から古典芸能へ | 人形浄瑠璃/文楽 | 新作を次々に消費する芸能から、古典作品と型を継承する芸能へ性格を変えていく。 |
| 現代 | 文楽として継承 | 太夫/三味線/人形遣い | 太夫・三味線・人形の三業が一体となる古典芸能として、浄瑠璃の伝統が受け継がれる。 |
年表で見る浄瑠璃の大きな流れ
浄瑠璃の歴史は、牛若丸と浄瑠璃姫の語り物から始まり、三味線と人形操りとの結合によって人形浄瑠璃へ発展しました。その後、古浄瑠璃の諸流派を経て、竹本義太夫が義太夫節を大成し、近松門左衛門が劇文学としての完成度を高めます。18世紀半ばには合作制と舞台技巧の時代を迎え、やがて歌舞伎との相互影響を受けながら、現在の文楽へと受け継がれていきました。
参考文献・参考資料
本記事は、浄瑠璃・近松門左衛門・江戸時代の演劇文化に関する以下の文献・資料をもとに、初心者向けに要点を整理したものです。
- 『万有百科大事典』
- 『日本英雄伝 第10巻』
- 『日本偉人信仰実伝』
- 『世界二百文豪』
- 『東西文芸評伝』昭和4年
- 『日本歴史人名辞典』
- 『近世日本国民史 第19 元禄時代 下巻 世相篇』
- 『浪華人物誌 4』
- 『日本文化の発達』魚澄惣五郎 著
- 『国民日本歴史 新修』
- 『概観日本通史』
- 『兵庫県郷土人物誌 第1輯』昭和17年
- 文化デジタルライブラリー
