1958年の赤線廃止について調べたことから始まり、女性の自殺者増加、AV新法と自己決定、そして共同体の弱体化とお金への依存へと疑問が広がっていきました。一見すると別々に見える4つのテーマですが、「制度を変えたあと、それまで担っていた機能を誰が引き受けるのか」という共通した問題があります。

最初に気になったのは、1958年に売春防止法が全面施行され、赤線が消えたあとのことでした。

制度として赤線をなくす必要があったとしても、そこで働き、生活していた女性たちは、そのあとどこへ行ったのでしょうか。そこを調べている途中で、同じ1958年に女性の自殺者が前年より大きく増えていることに気づきました。

そこから自殺統計を調べ、さらに「女性を守る」という制度のあり方について考えていくうちに、2022年のAV出演被害防止・救済法へと疑問がつながりました。そして最後には、家族や地域などの共同体が弱くなった現代で、人間関係や安心まで市場から買うようになったことへ話が広がっています。

4本の記事は、それぞれ単独でも読めますが、順番に読むと一つの疑問が次の疑問につながっていく流れが分かりやすくなっています。

第1回 赤線が消えたあと、女性たちはどこへ行ったのか

赤線が消えたあと、女性たちはどこへ行ったのか|1958年の売春防止法とその後1958年4月、売春防止法の全面施行によって赤線は姿を消しました。しかし、そこで働いていた10万人を超える女性の生活まで同時になくなったわけではありません。

厚生白書や国会会議録などから、帰郷、結婚、就職、飲食店、街娼など、赤線を離れた女性たちがその後どこへ行ったのかを追いました。

主なテーマ:赤線/売春防止法/女性史/婦人保護/貧困

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第2回 1958年、なぜ女性の自殺者は増えたのか

1958年、なぜ女性の自殺者は増えたのか|赤線廃止・睡眠薬・天城山心中から考える赤線が消えた1958年、女性の自殺者は前年の8,860人から9,746人へ886人増えていました。

最初は赤線廃止との関係を疑いましたが、男性の自殺者も同じ年に増えていました。そこで若年層の自殺、催眠剤、天城山心中と模倣、なべ底不況などを調べていくと、1950年代の日本にあった、より大きな自殺の波が見えてきました。

主なテーマ:1958年/自殺/睡眠薬/天城山心中/ウェルテル効果/なべ底不況

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第3回 「女性を守る」という法律は誰のためなのか

「女性を守る」という法律は誰のためなのか――AV新法と赤線廃止から考える赤線廃止を調べていると、当時の資料には「保護」「更生」という言葉が繰り返し登場します。そこで気になったのが、現代のAV出演被害防止・救済法です。

出演強要などの被害から人を守る制度は必要です。しかし、本人が仕事内容を理解し、自分の意思で選んでいる場合まで、どこまで制度が選択を制限してよいのでしょうか。「保護」と「自己決定」の境界について考えました。

主なテーマ:AV新法/自己決定/パターナリズム/保護/売春防止法

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第4回 フィールドが消えた社会

フィールドが消えた社会――人間関係をお金で買うようになった私たちはどこへ向かうのか家族、地域、職場などの固定された人間関係が弱くなったことで、私たちは共同体から自由になりました。しかし、共同体が担っていた介護、子育て、仕事探し、居場所、承認などは消えたわけではありません。

それらを市場から買うようになったことで、人間関係への依存は減った一方、お金への依存は強くなったのではないでしょうか。そこから孤立、格差、道徳、政治の短期化まで考えています。

主なテーマ:共同体/人間関係/市場化/孤立/格差/承認/政治

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4つの記事に共通していたこと

最初は、赤線という一つの歴史上の制度について調べていただけでした。しかし、4本の記事を書いてみると、共通している問題があるように思えてきました。

何か問題のある制度や関係をなくしたとしても、それまでその制度や関係が担っていた機能まで自動的になくなるわけではないということです。

赤線をなくしたなら、そこで生活していた女性がどう生きていくのかという問題が残ります。人を守るために仕事を規制するなら、その人の収入や自己決定をどう守るのかという問題が残ります。

家族や地域の共同体から自由になるなら、そこが担っていた子育て、介護、人間関係、承認、助け合いを誰かが代わりに引き受けなければなりません。現代社会では、その多くを市場とお金が引き受けるようになりました。

そう考えると、この4つの記事を通して考えていたのは、結局のところ次の問いだったのかもしれません。

制度や共同体から自由になるとき、それまでそこが担っていた機能を、誰が引き受けるのか。

昔の制度や共同体へそのまま戻ればよいとは思いません。そこには強制や差別、自由を奪う部分もありました。

一方で、問題のあるものをなくしただけで、その人が自由になれるとも限りません。自由を支えるためには、新しい仕事、所得、安全、人間関係、公共サービスなど、それまでの仕組みに代わる何かが必要になります。

この4本は、その答えを出すというよりも、「なくしたあとに何が残るのか」を考えながら書いた記事です。興味のあるところからでも、順番にでも読んでもらえればと思います。